2017年7月21日金曜日

人種と死生観


 で、(←いろいろあったが「で」の一言でまとめる大雑把さ)

私は死の床にある実母の傍で、約1カ月間、付きっ切りになっていたが

結果として、故意に臨終を看取らなかった。
 
 
↓サンフランシスコにあった教会(ミサ中だった)
 
 

 

この話は長いので、今は割愛する。

 

で、(展開に困って「で」になる。便利な言葉や~)

 

葬儀を終えた後に西海岸に旅立ったのだが

当然、いろいろ考えた。

 

「どうやって死ぬのがいいんだろう?」

「私は間違った選択をしたんじゃないだろうか?」ということが

頭を離れなかったのだ。

 

以前、このブログで「バリ島の死生観」を綴ってみた。

 

↓ 「バリには墓がない」(鳥居りんこブログ)


 

世界には沢山の国があって、それぞれの文化があるので、

それぞれの死生観があるものだなぁって思いに至る。

 

西海岸弾丸旅行をした時もそういう話が聴けたのが印象的だった。

 

在米40年超という元日本人のガイドさん(現アメリカ人)が言うに

アメリカ人は「生涯で7度引っ越す」ってことだったが

彼の話がおもろかったのだ。

 

老後を子どもに看てもらおうという意識は少なくとも

西ヨーロッパ系アメリカ人にはないという。

 

サンタモニカで手押し車で散歩する老夫婦が帰って行った老人ホーム

(と思しき施設)↓



 

自分で死に場所を選択するのが一般的で、それが老人ホームなのか

自宅なのかは好みが分れるようだが

 

健康保険制度がそこまでないせいかもしれないが、老人であれば

日本のように最期まで管に繋がれての治療を選ばないという

ようなことをおっしゃっていた。

 

何にせよ、子どもは見舞いには行くが、全面介護をするということも

ないと言い切る。

(まあ、このおやぢの話だけなので、すべての事情を網羅するものではない)

 

このおやぢの話でおもろかったのはこれとは別の話だ。

 

平均的アメリカ人の死生観を教えてくれたのだ。

 

まだ、おやぢが若かりし日、来たばかりのアメリカ暮らしは

厳しいことが多かったそうで、その頃、助けてくれた人には

生涯、忘れられないほどの感謝を持っているそうだ。

 

そんな中、ある日、恩人の訃報が入ったという。

 

とるものもとりあえず、病院に向かったおやぢ。

 

するとその恩人の奥さんがこう言ったそうだ。

 

「何しに来たのか?」と。

 

つまり、魂の抜け殻になってしまった遺体に会っても

意味がなかろう?ってことらしい。

 

その頃はおやぢは日本人としての習慣が抜けきらず

ものすごい違和感を持ったそうだが

 

墓を持たない人も多いそうで、それは教会に預けるんだそうな。

 

故に、その奥さんも「夫に会いたいなら、教会に行けば

いつでも会える」って言い方をしたんだって。

 

それから数十年の月日が流れ、おやぢは最近、何十年ぶりかで

日本の田舎に帰ったんだそうだ。

 

すると実のお姉さんから、まさかの「絶縁宣告」を受けたと。

 

お姉さん曰く「両親の葬式にも帰って来なかったのに、同窓会には

帰ってくるんだ?よくも、そんなことを!(怒)」。

 

おやぢはこう言った。

 

「死んでるのに、わざわざセレモニーに出るためだけに帰るよりも

同窓会で生きている人間と会った方が有意義ではないのか?」

 

おやぢは「あれで、私は本当にアメリカ人になったんだなぁ…って

思いました」と言っていた。

 

色んな考え方があるとは思うのだが、日本は「死後」の方に

手厚く、生きている時を手薄にしている面があるんじゃないかな?

って思いに至る。

 

「呪いがかかる」或いは「災いが降りかかる」的な感じで

「ご先祖様を大事に」思考が強いようにも思うんだな。

 

介護を必要とした「老人の死」には介護者の複雑な思いが

乗っかっていくものだと痛感するが

 

ひとつ強烈に思うのは、死を前にした時、または死後の

アレコレよりも

 

まだ元気で飲み食いできていた時代にどのくらい

寄り添えたのかってことで気持ちの平安が保たれるってことだ。

 

私は今もフトした瞬間に「あ、今度(母に)これを

食べさせてあげようかな?」とか「お!この芸能人がツアーするのか。

じゃ、母のために予約するか?」と考え

 

「おっと!そっだ、もう死んでるやないけ~~!!!???」って

思い、愕然としている。

 

思い残すことなくやってきたと自負していたけれども

やっぱり足りなかったのかもしれない。

 

バリの死は「来世のお誕生日」。

アメリカのキリスト教文化では「神の国に行ける至福」。

 

そのどちらの思想も持ち合わせない私は

「無」に対しての、圧倒的な敗北感の中にいる。





 

2 件のコメント:

  1. 連投ですみません。
    お母様のご冥福を心よりお祈りいたします。

    後悔のない診とりも介護もないそうです。

    母親というのはやはり特別ですね。
    たくさん愛された人ほど立ち直りが早く、もっと愛して欲しかったと思うと立ち直れないそうです。

    いつか、私が旅立ったら娘に立ち直って欲しいので娘にたくさん愛情を感じてほしいです。縛り付ける愛でなく、自立していくことこそ母の喜びだと思ってもらえるように。

    私、自分は散骨してもらうようにエンディングノートを残したいと思っていますが、遺された人はお墓があった方が日本人としてはいいのですかね。

    いっぱい愛情を伝えて旅立ちたいですね、子どものために。

    そして次世代へつないでもらえたらと思います。でもそれは決して孫を見たいとかじゃないです。プレッシャーになりますからね。

    私は残念ながら、親に愛されずに育ったと思いますが、ご近所の方々や友達に恵まれて育ちました。今でも。

    だから娘にも血縁にこだわらず、人を愛していける人生を送ってもらいたいです。

    りんこさんもたくさんの人に愛されていますよ。
    本もたくさん出されているし、メッセンジャーとして大切な役割を果たされているのですから。

    今度は「母」について書いてください!
    悩んでいる人、すごく多いんです。
    私もこの年でカウンセリング受けていますが、今は親世代が100才まで生きるようになったので昔では考えられないくらい、50台が親の支配で悩むそうで、そういう意味では初の世代だそうです。

    昔から毒親、支配する親はいたのですが、そんなに長生きしなかったので、気付かずに子ども世代も終わっていたとか。

    でも気付かないので、連鎖してしまうのだそうです。

    私は娘が中学で荒れてくれたお陰で気付くことができました。

    娘の小学校時代は私も毒親だったなと思いますから。

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  2. ももんがちゃん、こんなに遅くなってごめんね。

    うんうん、ももんがちゃんは負の連鎖を止めようとして
    頑張っているんだもんね。

    私たち、毒親に毒されながら、娘には必死に連鎖しないように
    しているって、どんだけ健気かしら~!!って思うわ。

    当の毒母は反省の欠片もないからね~。

    毒母ってカテに入る人は弱い者にはドンドン高圧的になり

    でも、強く出られたら、実は何もできないってことを
    学んだんだが

    罪悪感を瞬時に植え付けるのに、たけているから
    奴隷状態で育った娘はわかっていても、中々、太刀打ちできないよね。

    私は晩年の母は本人が言うように「世界で一番不幸せ」だなって
    心から思っていて、それは「自分さえも愛せない」という
    修羅地獄だったと思う。

    ももんがちゃんは少しずつ、自分のことを大好きになって
    自分を許してあげるようになれると楽になるかもよ~。

    お互い、頑張ろうね。

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