2017年5月21日日曜日

「怒りと不安『頭ごなしの親』の子の行く末」がアップされました


 プレジデントオンラインでの鳥居りんこ連載コラム

「怒りと不安『頭ごなしの親』の子の行く末・子供がこぼす前に"こぼすな"と威嚇」

が先ほど、アップされました。



 

よかったら、アクセスしてみてくださいね~。

 

話は代わりますが、私ね~、ゴールデンウィークに西海岸に遊びに行ってきたんです。
 
 
        ↑サンフランシスコ ゴールデンゲートブリッジ  


          金色じゃないやん!!!???
                



ちょっとリセットしたかったのと、いくつかのことを確かめてみたかったんです。

 

旅の思い出にこれから、ちょっとずつ綴ってみようかなと思っておりますので

こちらも、もしよろしかったらお付き合いください。

 

掲記プレジデントでの親が子どもにする子育て、例えば、記事上に挙げましたが

 

まだこぼしてもいない内から「こぼすなよ!(こぼすとひどい目に合わせるからな!)」

みたいな威嚇の子育てをしてしまうことがなくはないと思うんですよね。

 

これは、つまりこぼされた後のことを予想して、自分(親)に迷惑がかかることを

怖れてのリスクヘッジのような保険の意味合いが強いように感じるんです。

 

家族間が特に親子の関係上でうまくいかなくなる例を観察していると

少なからず、この「私に迷惑をかけないで!」と親が子に常に発信し続けていることに

原因のひとつがあると認めざるを得ない感触を持ちます。

 

更にパワーアップしちゃうと「私を気持ちよくさせて!」というトロフィーチャイルドを

求めるようになるんですよね。

 

これは父母関係なく、つまり男女の違いではなく、個人の違いで

常に「俺様に迷惑かけんなよ!」系のシグナルを発する親が出るってことです。

 

私はそろそろ日本は今までの「人様に迷惑をかけるな」主義から、少し逸脱する

くらいの心持でインド式の方向に舵を切る方が楽な生き方になるのでは?って

思っているのです。

 

インド式は聞きかじりなので、正確ではないかもしれませんが

「人は誰しも迷惑をかけて生きているのだから、誰かに迷惑をかけられたら

それを許すこころを持ちなさい」っていうことだと理解しております。

 

で、西海岸の話です。

 

サンフランシスコ、皆さんも一度は「坂の街のケーブルカー」を

どこかでご覧になったことがあると思います。
 
 

 

高低差が半端なくある街で、年寄りには膝に悪い街であります。

(おかげでガクガクになっちまったじゃんか!)

 

それで疲れて、値段がぼったくり=7㌦なんですけど、乗りましたよ。

 

時刻はもう夜ですね。かなり肌寒かったです。
 
 
 

 

私はこの車両の、外とダイレクトに繋がっている座席に座ったんですが

後からアメリカ人一家と思われる家族が乗って来て(ちなみに満員です)

 

そこのパパとママが無理くり私の隣に座るんですね。

 

もうママのお尻は大きすぎて、ゼッテー入らないんだから、目測でわかるだろ!?

と思うのですが、もうグイグイ感が半端ないわけです。

 

ママも「狭くしちゃってごめんなさいね~」って笑顔で言ってくれちゃうから

「まあ、仕方ないっすね」答えるしかないんですが

それはまあ、良いとして、問題提議はここからです。

 

そこのお宅には猿(推定年齢、7歳と4歳の兄弟)がいるんですね。

 

兄ちゃん猿の方は当然のように立ったまま、外と直結している手すりにつかまります。

つまり、このように立ち乗り状態なわけです。
 
 
                   ↑見づらいですが、猿兄弟の手ですね
 

すると弟も当然のように手すりにつかまり、身を外に乗り出している。

 

すごい角度のある坂を結構なスピードで降りているケーブルカーなわけです。

 

そのママと猿と成り行きで話をしてたんですが、猿が結構、身を乗り出している、

つまり昔の箱乗りみたいにするもんですから、他人の子どもなんですけど

4歳は危なくね?って思い

 

「気を付けてね!」って言っちゃったんですよね、私。

 

そしたらね、そのママがメチャ笑顔で「この子たちにとってはものすごく

エキサイティングな経験よね」って言うんですよ。

 

「危なくね?」って言ったら、ママが更にこう言ったんですよね。

 

「彼らは危険をわかっていて、どうすればいいかも知っている。

だから、手すりは絶対に手離さないわよ」と。

 

そして降車する時に自身の子どもたちに向かって

「めっちゃおもろかったでしょ?グッドジョブだね」ってなことを

「ひとつの偉業を達成」した感じで、でもドライにサラッと褒めたんです。

 

私はびっくりしたのと同時に、ものすごく反省してしまって

 

私は子どもの能力も信じていない、つまりは私自身を信じていないってことを

痛感したわけです。

 

また別の場所でも似たような光景に出会いました。

 

ショッピングモールのエスカレーターで降りる所で転んだ猿がいたんです。

ふざけていたから、降りるタイミングを見誤ったのだと思われます。

 

小学校低学年に見えましたが、その子の後ろには誰もいなかったということも

あるでしょうが、そこに付いていた、親、叔父伯母風の人たちは

特に慌てるわけでも、助け起こすわけでもなかったです。

 

その時にママだと思われる人が、自力で立ち上がり、着地した息子に向かい

「グッド、ジョブ!」と笑顔で手を差し伸べていたんですね。

 

私だったら「何やってんのよ!(怒)」が第一声だと思われるシーン。

 

ああ、もうなんか色々間違ってきたに違いないって痛感させられた事件でした。

 

前に出した本の中にも「グッドジョブ」について語ったことがあります。

 

それは外人さんがホテルのエレベーターでボタンの前にいた見知らぬ子どもに

向かって「悪いけど、〇階、押してくれる?」って頼んでいて

 

その子が押せるや否や「グッドジョブ!」って言っていたって話なんですが

 

このシーン、今回の旅行でも結構、見ました。

 

大人が子どもに「グッドジョブ!」もしくは「グッボーイ!」と

言っているんですよね。

 

特に実の親からこの声掛けをされているんだなぁって改めて実感した次第です。

 

そんなことを思い出しながら、書いたプレジデントのコラムなのでありました。

 

 

 

4 件のコメント:

  1. ヤフーニュースから辿ってきました。
    このテーマ時代がさかのぼりますが、私の兄に全く当てはまり、引きこもっていた時期もあります。現在50代で前ほど引きこもり感はないですが、父が亡くなり、80代の母の言う事を聞きながら過ごしています。兄が解放されるのは自身の頭脳も体も弱ってしまう母が亡くなるときであり、不安ですが、解放される喜びを味わい、あまり年齢に悲観せず、ただ自分の本当にやりたい事を見付け、「自分らしさ」を感じてほしいです。
    ヤフコメに兄と全く同じセリフをいう息子さんがいて、「頭ごなし」は、時代の風潮が今でも続いているのかと思い書かせていただきました。重くてごめんなさい。

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    1. わざわざ訪ねて下さってコメント頂き、ありがたい気持ちで一杯です。

      お兄様、そうですか。

      私も母が死んだら、開放されるかな?って期待を持って
      いたんですが、中々、呪縛を解くのは難しく
      この問題の根の深さを思い知っております。

      兄妹だと余計に本音を語り合うチャンスはないかも
      しれないんですが、ウチの場合

      溺愛されて育ったと思われる兄の葛藤も相当だったんだなと
      母の葬儀の時に思いまして
      感情垂れ流しの子育ての弊害に言葉もなかったです。

      ご兄妹にいつか納得がいく日が来ることを祈っています。


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  2. お久しぶりです。西海岸のお話これからも楽しみにしています。

    時々思い出して反省しているけど、やってしまう「頭ごなし」
    先日、会社を辞めて日本一周している若いカップルに出会って、
    インスタをフォローして応援しているけれど、
    果たして息子が会社を辞めて旅に出たら、若い時しか出来ないし、
    イイね~行ってらっしゃい。って言えるかしら・・・
    私が18歳の時に、人に迷惑をかけたくないと言ったら、
    友だちに、それって迷惑をかけられたくないと言う事?と、
    色々な事を思い出させて頂いてありがとうございます。

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    1. mariko姉さん、ありがとうございます!

      何でしょうね、言葉かけひとつとっても、うまくいかない
      ことばかりです、私。

      いろんな生き方があるはずなのに
      なんで型にはめようとするのか、自分でも意味わかりません。

      自分が教えられてきた価値観は本当はどうなんだ?と
      いうところでぐらついているのかもしれません。

      要はしっかり生きてないのでは?って感じもするんですよね。

      ご感想いただき嬉しかったです。、

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