2017年2月28日火曜日

「そーかい、そーかい」オバサン の絶滅で


 昨夜、友人と飲んでいたら、彼女がこんなことを言い出した。

 

「仕事上でもさ(注:彼女はカウンセラーさん)子育てとか仕事とかの

つまりは人間関係のしんどさに疲れ切っている人の相談を受けるんだけど

これって現代が『生きにくい』ってことじゃない?


 
思うんだけど、これは『そーかい、そーかいオバサン』ってのが絶滅

したことの弊害だと思うんだよね」

 

は?

総会、総会、株主総会?と怪訝な返事の私である。

 

彼女は笑いながらこう言った。

 

「違う違う、そうじゃなくて、縁側に座ってさやいんげんの筋をむいている

イメージで若いママとか孫とか、そういう人たちにただただ

『そうかい、そうかい、そんなことがあったのかい』って言うオバサンね。

 

ただただその人の話に相槌を打って、聞いてくれる存在だよね。

昔は沢山いたんだと思うんだよね…」

 

そっか、否定も肯定もしないで、ただただ、うんうんって

「そりゃ大変だったね~」とか「頑張ったなぁ」とか

「よう、こらえた!えらかったなぁ」とか言ってくれる

 

近所のやさしいおばちゃんっていうのが居たわ!って思い出した。

 

なんでだか、その人の周りだけはゆっくりと時が流れているんだよね。

 

でも、今は何でも効率主義で金銭を得られない女は無価値で

 

更に子育ても家事も介護も完璧にこなせっていうような圧力が

かかってきて、とても人に向かって「そーかい、そーかい」なんて

言ってあげられるような余裕がないよな。

 

私はこの「女も働いて金を稼いでナンボ」っていう風潮で

本当にいいのかな?って思っている。

 

働きたくて、お金を稼ぎたくて、社会的地位が欲しいっていう

女性がいても全然OKだし、その方たちの見えない天井を

邪魔する気持ちはないのではあるが

 

全員がそうならなくても良くね?って思ったりもするんだな。

 

家族には色んなことがあって、危機も沢山あるんだけど

その中で、結構、フリーに動ける存在って実はすごく貴重で

 

そういう人たちが男女関係なく例えば井戸端会議をしながら

実は町の治安に貢献していたり

 

子どもたちの交通安全を見守ってくれていたり

 

日々の町内の美化清掃を担っていたりしたんだよなぁ。

 

それに付随して、近所の子どもたちに自然に声をかけたり

 

悩んでいる新米ママとかに「そーかい、そーかい、夜泣きをするのか」

って話を聞いていたりしてたよなぁって思う。

 

そういう存在を無価値だとして切って捨ててしまうような風潮も

あり、もちろん現実的な収入ゲットってことも大きいと思うが

 

今は絶滅したなぁって感じている。

 

無形文化財を失ってしまった代償は大きいなぁって思う。

 

でも、じゃあ、どうする?ってことになるんだけど

 

カウンセラーをしている友人は「真っ暗で次の突破口が見えない」って

人たちのために傾聴ボランティアみたいなゆるい集会所が

 

リアルでもネットでも出来ないかなって模索していた。

 

私たちは常に自分自身に対しても「良い」「悪い」の

ジャッジをしてしまいがちだけど

 

とりあえずは自分自身に対しても「そーかい、そーかい。

そりゃ大変だったなぁ…」って言ってあげるってところから

 

気持ちを開放していくことが第一歩じゃないかなって

私個人は思っているんだけど

 

ここもそういうゆるやかな場所になるといいなぁって

何が出来るかなぁって考えている。

 

 

 

 

 

 

5 件のコメント:

  1. なるほど~
    そうだよな~

    呟きながら読ませていただきました。

    「そーかい そーかい」おばさんは、息子にとっては私がそうあるべきだ。
    と、反省しきり。

    稼がないけど、イザというときの機動力は
    中々のもの…
    私のこと?

    独身時代、目一杯働いたのでもーいいです。
    と、専業主婦を満喫していたものの

    いーよねーノンビリできて

    何気ない一言が引っ掛かり…モヤモヤ

    でも、息子のお受験から介護まで、家族の一大事には八面六臂の働きをした自負はある。
    もし、私が働いていたら誰がやったんだろうか?
    乗りきれたんだろうか?

    稼いでないけど、何かの役には立ててるかも…

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    1. こんなに遅れてすみません。

      家族の中に誰かひとりはフリーに時間が使える人が
      いるのは実は本当に財産になると思うんですよね。

      現金は運んでは来ないけれども、使い勝手がいい存在って
      プライスレスですよね~。

      今、色んな所で起こっている問題は
      余裕がないってことに集約されると思う次第で

      少なくとも時間的余裕を持っている人を
      有している家族は幸せだよなって感想を持っております。

      つまり、たんぽぽちゃんはそのままでお役に立っているのです。

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  3. 私の母が何を言っても「あらそう、そうなの」と聴いてくれる人でしたね。私はもちろん、娘たちもすごく救われて、「お祖母ちゃんがいなかったら、絶対グレてた」と言っています。母も19歳で嫁いでからずっと主婦で、お金を稼いだことはなかったけど、舅姑実父実母、夫に妹と介護して看取ってきました。

    その母が2週間後に退院して自宅に戻ってきます。病院のリハビリで一人でトイレで用を足せるようになり、介護保険で介護用ベッドを入れ、手摺を設置してもらう予定です。それに伴って、リビングと母の居室をプチ断捨離することになり、明日業者にきてもらう予定です。
    産休に入った次女にきてもらって、大掃除して、なんだか新しい生活が始まる感じです。3月末には三女が今いる寮を引き払って帰ってきて、ベビーベッドもレンタルして置くことになっています。

    介護生活をこんなに穏やかに迎えられるとは思ってなかった。母には快適に過ごしてもらいたいと、いろんな人(病院やケアマネージャーや介護用品会社の人)がいろんな知恵を絞って、自分にできることをした結果です。母が嫌なおばさんだったら、みんな一生懸命に考えなかったでしょう。
    私も娘も介護で助けてもらえることがたくさんあるんだと知って、ちょっと将来不安が軽くなったところがあります。

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    1. 素敵なお母さまでうらやましい。

      やはり介護などを通して、ご苦労をされていると
      人の痛みがわかって、結果、リスペクトされる方に
      なられるんだなぁって思いました。

      やさしいお嬢さんに育ってくれてよかったですね。

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