2016年11月29日火曜日

映画「92歳のパリジェンヌ」を観賞して

最初に業務連絡させてください。

ブログ下の連絡欄からメッセをくださった「snowseaflower」さん。

ご返信しましたが、メールが戻ってきました。

受信拒否設定を変える、あるいはメアド再確認などをしていただき

ご連絡が取れるアドレスでお願いします。

要は「今年も中学受験母の決起集会を開催してほしい」という

リクエストですが、ご希望者が沢山おられたら

まあ、中学受験に限らず、いろんなことにムカついているって

ことでも良いかもしれませんが、

やってもいいかな?とも思ってはおります。

昨日ね~、一日中、鎌学の先生たちと過ごしてて

やっぱ、中学受験も含めた、青春っていーなー♪って

思いました。

その母たちも苦しいこと一杯あるとは思うのですが

でも、旬な時期だよなぁってまぶしく思っております。

ではでは、映画の感想をお楽しみください。

☆☆☆


フランス映画ってだけで、どうしてこうお洒落になるのか。

フランス語の響き、インテリア、街並み、風景までが「美しい」。

しかし、テーマは限りなく重い。

 

 
92歳の女性が家族(息子一家、娘一家、夫は既に他界)から

誕生日を祝されている席上、こう切り出す。
 

「素晴らしい人生だったわ。私は二か月後の10月17日に旅立ちます」と。

つまり、自ら、自らの人生の幕引きをするという決断だった。

 

彼女が望む「美しい人生」

 

(以降、ネタバレになります)
 
_________________________


それは家族にとっては全く「美しくはない」、反対しようが

賛成しようが、どちらにしても罪悪感を呼び覚ます結論になるからだ。

 

主人公マドレーヌは助産師として活躍し、同時に社会活動家でもあった。

 

家を空けることも多く、しかも息子は母に父親とは別の愛する人が

いることを長年、知っていて、心の中での苛立ちを隠せない。

 

「もっと、自分(息子)を愛してほしかった」とでも
 
心が叫んでいるかのように
 
「どうして、母はいつも僕の気持ちを置き去りに
 
勝手なことをするんだ!僕の気持ちはどうなる?


母が勝手に自死を選ぶことは許さない!
 
母には(自分は息子で、お世話される側なのでお世話はしないが)
 
いつまでも生きていてほしい。

老いているという自覚は「うつ病」で薬を飲めば治る!

病院に行って治療すれば、元に戻る!」と母の老いも死も受け付けない。
 
50はとっくに過ぎていると思われる息子が
 
どうしようもない男という生き物を象徴する。

 
一方、娘は今の今まで、母のこころに特別な人がいると
 
いうことを知らなかったこともあるのか
 
母の「信念を必ず貫き通す」という生き方をリスペクトしている。

 

マドレーヌの人生観には「自分の力で生活できなければ終わり」という

確固たるものがある。

 

病院のベッドの上で生きることも、子どもと同居して世話になることも

願い下げなのだ。

 

でも、現実は残酷で、車の運転でトラブルを起こす、階段は上がれなくなる

トイレから立ち上がれなくなる。ボヤを出す。やがておねしょも繰り返す日々。

 
昨日出来ていたことが今日は出来なくなっていくことの恐怖を

ひしひしと感じている。

 
気力があるうちに自分で幕引きをしたいと訴える母に娘は戸惑いながらも

協力していく。
 

大反対をする息子(母に一方的に怒鳴っている)と仲たがいを

したままでは逝きたくないという母はケーキを焼いて待つシーンが

出てくるが、息子は現れずで、母の愛は届かないのかぁと

切なくなる。

 

それにしても、自ら逝くにはひとりでは中々、最後の希望は叶わないなぁ。

 

「最期は太りそうなものを沢山、食べるの」

「お花は葬式ではなく、生前にちょうだい」

「会いたい人がいるの」

 

息子に捨てられてしまった大量の睡眠薬を手に入れる

 

これまで、いろんな自らの欲求をすべてひとりでやってきたであろう

マドレーヌもこれらのことを叶えるだけでも娘の力なしにはできない。

 

結局、老いとは自力でできないことをひとつずつ認めていく

限りなく残酷な作業なのだ。

 

一方、託される側の娘も大変だ。

 

母の望みを叶えてあげたいという思いと

それは自殺を手伝っていることにほかならないという自責と

 

母の用事をこなすことで生じる、自らの家庭(自分のダンナ)のぎくしゃく感。

 

母には生きていてほしい⇔願いは叶えてあげたい

 

この娘の葛藤が伝わってくるだけに、どういう結末でも

生涯、娘は「これでよかったんだ」という気持ちと「罪悪感」の

間を揺れ続けるだろう。

 

こういう葛藤を娘に押し付けてまで、自分の思いを貫くことが正しいのか。

 

でも、同時にこの時期を逃すと、どれくらいかかるかもしれない要介護の

現実がある。それは、間違いなく娘の家庭に亀裂を及ぼすであろう。

 

マドレーヌが泣きながら叫ぶ。

「わかったわよ!最期は病院のベッドで(管だらけになって)死ね

ばいいんでしょ!」

 

脳裏に浮かぶ、私の母が病院のベッドに縛られている光景。

もはや、行きたいところにも行けず、食べたいものも食べられず

現実もよくわからないような状態で息をしている。

 

確かに生きているけど、これは生きているって言えるのだろうか?

 

結局、見終わった私はこう思う。

 

体が動かなくなる、あるいは頭が働かなくなる前の長い間。

自分がどう考え、どうふるまい、どう生きたかで

 

それを見ていた子どもたちがどう判断するのかによるんだなって。

 

親の生き方をリスペクトできる子どもは幸せだ。

ストレートに親の最後の日々を慈しもうとするだろう。

 

逆にリスペクトできないと、心はねじ曲がり

孝行したい自分と、もっとこういう風に愛されたかったという自分との

戦いで、介護も含めた親の晩年を素直には認められない。

 

人生の最後、そこにきて、ようやく自らの子育ての集大成がわかるのかと

娘である自分、そして母である自分を重ね合わせ、

この先に明るい未来展望が見えて来ない自分自身にため息をつく。

 

この映画は実話である。

フランス元首相の母ミレイユ・ジョスパンとの最期の日々を作家である

娘ノエル・シャトレが綴ったもので、2004年ルノドー・デ・リセエンヌ賞受賞

している尊厳死を問うた作品である。

フランス映画祭最高賞エールフランス観客賞受賞作。

 

関東地区はもうすぐ公開終了。

ご覧になりたい方は劇場にGOですぞ。

 

5 件のコメント:

  1. マダムみなこ2016年12月1日 16:34

    フランス在住です。こちらの介護事情については詳しく知りませんが、我が家のお向かいの建物は超高級老人ホームです。専属のコックがいてシーツやタオルの交換のために毎日トラックが来ます。それぞれの部屋でペットを飼うのもOKなのでおしゃれをしたおばあさんたちが犬の散歩をしています。
    パリは今クリスマスイルミネーションがきれいです。市役所の外壁もクリスマスコーディです。
    いつかパリにもいらして下さいね。りんこさんにぜひお目にかかりたいです。

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    1. みなこさん、おフランスご在住!?
      もう響きだけでうらやましい。

      超高級老人ホームに住める身分になりたいものですね~。
      日本人の老後は一部の方を除き、結構悲惨ですよね。

      私もパリでイルミ見たいです!
      良いクリスマスを!!

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  2. 実母とみてきました~いろいろ考えさせられますよね~

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    1. キムコちゃん、お母さまと観るなんて仲良し!!

      私はあの持ち物ひとつずつに受取人指定されるのは
      とても重荷だわー。

      自分は本当に何も遺さずに現金だけを遺してあげて
      死ぬのが理想です。

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  3. 是非見たくなってあちこち探したんだけど、フランス語のDVDしかなかった・・・・
    日本語はいつ出るんでしょうか。
    いい映画を紹介していただけてホント嬉しかったです。
    いつか絶対みたいです。

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