2016年9月16日金曜日

朝日新聞デジタル「介護とわたし」でご訪問くださった皆さまへ


 朝日新聞デジタルでの鳥居りんこインタビュー第3回がアップされました。

 

朝日新聞デジタル「介護とわたし・私の思い」第3回

http://digital.asahi.com/articles/ASJ9F7WSQJ9FUEHF01L.html?_requesturl=articles/ASJ9F7WSQJ9FUEHF01L.html

 

今回は「介護をした者の特権」について語っております。
 
 



 
                      ↑ こちらは7月14日付 朝日新聞夕刊
 

私の父が療養中に「こうやって死んでいく様を子孫に見せて行くことも

年長者の務め」と言っておりました。

 

介護というものはケアラーの時間も手間もお金も神経も、長期間に渡り

残酷なまでに奪っていくものですが、キーパーソンは現実的には

その死に行く様から目を背けることが出来ません。

 

ただ、父が言ったように、その様を直視することによってのみ

得られるものがあるとは思います。

 

親ではなく、自分の死に様を否応なく考えるってことです。

 

ケアマネをやっている友人が話してくれたのですが

あるところにお婆さんがいらして

要介護は付いていたけれども、認知症もなく、もちろん

寝たきりでもなく、元気にデイサービスに通える方だったようです。

 

その方がある日、同居の家族に向かい

「今夜、お迎えが来るので、いろいろ世話になってありがとう」と

言い出し、お風呂に入り、身支度を整えだして、床についたそうです。

 

家族は「ボケたな!」と思ったそうですが

実際、朝、起こしに行ったら、亡くなっていたということで

 

そのケアマネ友人は「これぞ、理想の死に方!」と唸っておりました。

 

また、これは私の親戚の話ですが、突然死に近い形で70代で亡くなった

叔父がおります。

 

叔母が言うには「自分は全く気が付かなかったが

お父さん(叔父)は死ぬことがわかっていたとしか思えない」と。

 

何故なら、死後、叔母が困らないように、書類一式が揃えられており

引き出しの中もすべてが整えられていたんだそうです。

 

想像でしかありませんが、多分、死に支度ができている人は

綺麗に死ねるんじゃないかなって気がしています。

 

今日は母をコンサートに連れて行き、外食をしてから

老人ホームに送っていきましたが(つまり丸一日かかった)

 

疲れ切ってしまったので、自宅での食事の用意が間に合わず

ダンナの車での迎えも待たす結果となり

(アテクシ、ダンナの迎車係ですの)

 

彼を一瞬で不機嫌のどん底に突き落としてしまいました。

 

実親の介護は義理の親の介護よりも、こういう面では

最悪のメンタルに追い込まれます。

 

息を吐くように文句を言い続ける老母に付き合うのは

発狂しそうになります。

 

例えば今日は「中華とイタリアンだったら、どっちが食べたい?」

と私は老母に聞きました。

 

「何が食べたい?」と聞くと「なんでもいい」と言うからです。

 

老母は「どっちも食べたくないね」って言います。

 

外食に行く気満々ではあるのですが、すべてに責任は取りたく

ないので、こういう小さなことも選ばないんです。

 

そして、誰かが(この場合、私ですね)決断したことに

対して、文句は丁寧に並べ立てます。

 

私が店が開いているかをスマホで調べようとしたら

老母はこう言いました。

 

「わざわざそんなことしないでも、この辺にあるラーメン屋とかで

いいわよ!ちゃちゃっと行けばいいでしょ?(怒)」

 

いや、この辺にそもそも食べ物屋がないし、しかも

アンタ、歩けないんだから、駐車場がない飲食店はアウトなんだけど?

 

何故だか、自分が自力歩行が難しいことを忘れるらしく

ちゃっちゃか歩けると思っているみたいなんですが

その割には、会場にあった車椅子を借りろ!とか言い出し

言動が不思議です。(これは昔からで、ボケのせいではないです)

 

イタリアンに入りましたが「わ!多いね!(怒)」と言い出し、

散々、食べ散らかした後で「アンタ、手伝いなさいよ!」と言いました。

 

冷たく「残せば?」と言い放ったら

「残したくない!」と言うんですが、ホームの食事にはいつも殆ど

手を付けないんですけどね〜。この心理、全くわかりません。

 

で、結局、デザートも含め、完食しやがりました。

大して美味しくなかったそうです。

 

こういうタイプが死に様を綺麗にしようとか

人生を充実させようとか、考えるわけもなく

 

先を見通さないので、結果として、今、この瞬間も

何を選択すべきなのかを考えられないことになります。

 

まさか永遠に生きられるとは思っていないでしょうが

さりとて、お迎えは自分には来ない、関係ない

自分は治療して、薬を沢山飲めば、健康になると

信じているように感じます。

 

私が思うに、死に支度を考えることをすると、多分、人間は

今を充実させようと舵を切るのではないかと思うのです。

 

学生時代、キリスト教学の先生に

「今を生き生きと生きる」ことの意味を教わっておりました。

 

若すぎて、そのときは今一つわからなかったのですが

終わりがあるからこそ、今を生きる。

それは「選択権は常に自分にある」ということを指すと同時に

「人生のすべての責任は自分にある」ということも指すのだなって

思っております。

 

老いは残酷で、体も醜くなりますが、時として

こころを頑ななまでに醜くさせていくものだと痛感しています。

 

もし介護の特権があるとするならば、ケアラーが

そのことを実感し、自身の残された時間を意識し出すという

ことなんだと感じています。

 

このことを身を持って教わっている私の今の状態は

もしかしたら、プライスレスの財産なのかもしれません。

 

 

 

 

 

6 件のコメント:

  1. 葛藤。この一言に尽きると思います。こんなひどいこと思いたくない、言いたくない。でも思わないと、言わないと自分がつらい。自分がつらいせいで自分の大事な夫や息子との時間が苦しくなる。そんなの不公平。父親が認知症になったのはある意味、自業自得のところもあるのに、なんで私ばかり。。。
    こんな葛藤と私もこの2年向き合ってます。息子の中受が終了した2015年2月。
    それ以来、明らかにアルコール摂取量が増えています。
    夫にもかなりきつく怒られていますが、自分の葛藤を見ないようにするには私にはアルコールしかないのです。
    いま、自分を押しとどめているのは息子にこの連鎖を受け継がないために、
    りんこさんの文章ではないけど、安心して母親である私から離れてもらうために、要介護状態にならないことを第一に生活することです。
    たとえアルコールを摂取しても極力解毒する生活を送る、ここを要とすることで
    一時期の暴力的なアルコール摂取の嵐が過ぎ去りました。
    アルコールをやめるのがベスト、わかってますが葛藤を見ない時間がないとやっていけないのも事実。なので、できる形でのコントロールするすべをいま、身に着けるのに必死なわたしです。
    今度、リアルりんこさんに会って、こんな話をしたいです。
    長くなってごめんなさい

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    1. キムコちゃん、わかるよー!わかる!!
      こんな状態でよく中受やったね!
      偉い!!

      アルコールはね、必要悪(笑)
      解決法は「死んでもらう」しかない状態では
      何を誰と話そうとも、こころの晴れはないよね。

      中学受験生母や深海母の苦しみの会ではなく
      ケアラーの心の叫びをひたすら言う会、作ろうかしら(笑)
      そしたら、参加してね。

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  2. りんこさん

    こんにちは。本当にお疲れ様です。
    私は80代の両親を看ています。今日は父の病院の付き添いでした。

    両親の住む家から車で1時間のところに住んでいます。認知症はなく私の顔を見れば感謝の言葉ばかりかけてくれる両親なのでそこだけは救いなのですが、家には思春期の息子、私はパートですが週4日仕事をしており仕事のない日は両親のもとを訪ね心身ともに疲れます。

    両親の家に近いところに住む姉がおりますが、専業主婦の上、子どもは独立しており傍から見ると悠々自適な生活をしているのですが、趣味に忙しいと2か月に1度位しか両親のもとには行きません。

    昔から家族より自分の都合を優先する人だったので想定内の事ではあり、私も自分は一人っ子だと思うようにしていたのですが、やはり心身が疲れるとどうしても姉に対する憎しみの気持ちが出てきてしまいます。
    せめて私の3分の1でも看てくれたら、私も少しだけ自分の時間が取れて楽になるのに・・・という気持ちがどうしても拭い去れません。

    りんこさんの本やブログを拝読するにりんこさんもご兄弟よりかなり多くの事をやっていらっしゃるように思います。

    ご兄弟とのアンバランスに感じてはどのように感じていらっしゃいますか?
    またご兄弟に対する気持ちの持ちようはどうされていますか?

    差支えのない範囲でおしえてください。
    よろしくお願いします。




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    1. あんずちゃん、頑張ってるんだね。

      お姉さんは多分、成育環境が悪かったと、つまり
      毒親だったという思いがどこかにあるのでは?と
      思うので、機会があったら聞いてみるといいかも。

      妹ばかりが可愛がられてムカついていたとか
      そういう思いがあるのかもね。

      兄弟とのアンバランスは毎日、思います!(笑)

      でも、一番に思うのは毒母のひどさなので
      兄弟には薄れる(笑)

      ウチはですね、もし兄の元に母をやったら、間違いなく
      財産だけを使われ、何もしない劣悪な環境に置かれ
      それに対する罪の意識も感じないまま

      金が尽きた瞬間に老婆を放り出し、妹に押し付ける
      構図が見えているので

      それならば、最初から私が看た方が
      少なくとも、最悪な状態は免れると思っての決断なんですが

      ひとつ間違えたのは、期間が長っ!!ってこと(笑)

      老婆が死んだら、多分、その葬式が兄とも
      別れの日だなって思っているくらいです。

      でも、もうそれでいいです。
      きょうだいのことを考えると、余計に虚しさが
      募るので、ウチのダンナを含めて

      「誰が何をやってくれない」って不満に思うことが
      ドンドン自分のメンタルを崩すので

      私はひとりだけど、出来ることだけを
      無理しないでやっていこうって思うようになりました。

      でも、早く終わってほしいのが本音だね。

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  3. あんころもち2016年9月24日 5:08

    りんこさん、こんにちは。

    お母様の介護大変ですね。お疲れさまです。

    朝日新聞の4連載を拝読しました。
    わたしの母はりんこさんと同い年、つまり育った社会の環境はひと世代ずれるはずなのですが、まるで母との将来を書いたかのような文章にびっくりしてこちらにやってまいりました。

    中学生のころから「兄弟教」をあからさまに見せつけられながら24歳になりました。
    両親が大事に大事に育てた兄と弟は医者になり、地方にある実家には戻りません。いずれ訪れる介護は、女であり一番低学歴でできることのないわたしがすべき、とみな思っているようです。

    でも今のりんこさんのような未来が待ち受けているのが目に浮かぶのです。
    ずいぶん昔ですが母に「自分がお腹を痛めて産んだ子でも可愛い子とそうでない子がいるのよ」と言われ、つい数日前には「(亡くなった)おじいちゃんには2人は自慢の孫だったのね」(←わたしではなく兄弟のこと。実際はよく可愛がってくれたおじいちゃんでした。)と自慢の子は2人しかいないアピール。
    今までも老いていく母との関係がどうなっていくのか不安で、一刻も早く離れたい一心でした。

    りんこさんの今を読んで、自分が壊れないためにはやはり離れたいという思いが強まりました。

    でも葛藤も。老母(になる者)を置いていって後悔しないのか。
    母は母。とても好きなどとは言えないけれど衣食住を与え監護してくれた恩義はあります。

    りんこさん、もしご兄弟が看てくれたならどんな選択をされたでしょうか?

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    1. あんころもちちゃん、こんばんは。
      そっか、そっか、辛かったね。がんばってきたんだね。

      先に質問に答えると、兄弟がどうこう言うよりも
      自分自身の問題として、もっと早く母親の発する毒から
      全力で逃げる、またはNOを突きつけるべきだったと思うんですよね。

      私は50過ぎてから「母親は毒親だった」とようやく
      認めざるを得なかった次第で
      それまで見て見ぬ振りをしていたのかなぁって思います。

      でも、あんころもちちゃんは24歳の若さで気が付いたのは
      本当に賢いし、偉いと思うし、よくぞ勇気を持って言えたと
      抱きしめてあげたいくらいですよ〜。

      アドバイスとしてはね、出来るだけ早く家を出て
      自立してねってことです。

      経済的に自立できるように頑張る。
      できれば、結婚して、万が一離婚するようなことがあっても
      実家に頼らずに済むように、自分の仕事をきちんと持つ。

      もっと出来れば、子育てサポートの厚い地域に暮らしておく。

      更に出来れば、ワーキングホリデーなどを利用して
      海外に出て、そこから留学などをして、その国に地盤を築く。
      なんてことが出来たら、ベストだと思う。

      私は個人的には3歳までの可愛さで子どもの親孝行は終わりと
      思っているので、その後はパートナーを見つけて
      その人と時を重ねてもらえればそれで十分、親である私は幸せと
      思っているんです。

      お母さまは私と同じ年であるならば、全然、若いです。

      年を取って、ヨボヨボの状態で依存(あんころもちちゃんの
      場合は洗脳支配)した娘に捨てられるのは、裏切りにあった
      ようなもので、恨みの気持ちが勝ると思うけど

      お母さまはまだまだひとりで動けるから
      出るなら今だよ。

      子どももいない、親にも責任がない
      自分だけのことを考えていればいい時代に逃げなさいね。
      それは決して、罪悪感を持つべきことではないです。
      自分の人生を生き生きと生きなさいね。

      もし、辛かったら、メールを頂戴ね。
      個人的にお話ししましょう。

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