2018年5月10日木曜日

老人の死後の整理も大変だ~(アルバム編)

 
 母が亡くなって、1年が過ぎた。

この間、空き家となって荒れ放題だった実家の整理とか、

様々な手続きとか、やりたかないけど、やらざるを得ないことが

満載で、別所帯、遠距離の老人が“未終活”で死んでいく

罪の重さを痛感する。

 

もう、本当に腹立たしい。

アルバムひとつとっても、1世紀近く生きている人間のその量たるは

凄まじく、しかも、きちんと整理されているわけもなく

 

ネガ有り、フィルム有り、スライド有り、テープ有りの中に

プリント写真も豊富にただ突っ込まれているような状態のものが

いろんな部屋のそこここから出てくる。

 

これをだ、ひとつずつ、選別し、シュレッダーにかけると

シュレッダーが悲鳴を上げ、紙詰まりを起こす。

 

いっそのこと、ブルドーザーかなんかで、家ごと破壊して

何もかもが一瞬で綺麗になるといいという非現実的な妄想をし出す。

 

そこでだ、私はこんなことを子どもにさせてはいけない!と思い立ち

 

自分の生まれてからの半世紀分、ダンナしかり、子どもも生まれてからの

約四半世紀分の写真を一気に整理した。

 

その時は、もうやる気に満ち溢れていたもので、自分自身は1年=2枚!

子どものものは1行事=2枚と決めて、ドンドン、シュレッダーにかけていった。

 

何故なら、やはり子どもの立場で親の顔をシュレッダーで引き裂くのは

かなり負い目を感じるものだからだ。

だって、既にこの世にいないから。もう会えないっていうことがわかっての

処分は現存していることとは全く違う。

 

故に、私は自分自身の手で自分をシュレッダーにかけることを選んだわけだ。

 

しかしである。

 

皆さまにアドバイス。

 

気分がノリノリでないと出来ない仕事ではあるが、ノリノリでやると

捨てすぎる。

 

自分の人生を単行本1冊くらいの幅で終わらせようとしたために

ほぼすべてを失った。

 

自分は良いのだが、子どものことはもう少し考えて、PCに残すなりの

手間をかけた方が良かったかも?と思ったりしている。

(今現在、PCに収まっておられる方は除外です)

 

まあ、これにて、ウチの子たちは押し入れの天井部分によじ登って

重い段ボールを引きずり出すのに、ぎっくり腰になる危険性も

消えたし

 

「なんだよっ!この写真の山は!全部、捨ててやる!!」と

怒りながらも、心にチクっとするものがあることも

お母さま(アテクシ)の努力によって、なくなったのである。

 

親の介護からの終末期はめちゃくちゃめんどくさいの一言なのだが

やったからこそ、わかることも沢山あるわけで、これも

その効用と言えば、そうである。

 

次回は老人の死後の作業、友人編です。

 

 

 

 

 

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