2018年2月8日木曜日

なんでや、キョンキョン!?


 アタシさぁ、35歳以上の会う人、会う人にこう言ってる気がする。

 

「50になると、人間、めっちゃ楽しくなるから!

ものすっごい楽しみにしてるといいよ~~♪」って。

 

そりゃ、まあ、いろいろあるわさ。

 

介護もそうだし、子どもを遅く産んでいたら、まだ独立には遠かったり

何より、自身の健康状態が危うくなってきて、例えば、目とか腰とかに

不具合を感じたり、明らかに若くはないんだなってことを実感したりと

 

そりゃ、まあ、いろいろある。

 

でもね~、なんて言うかな?

 

こころが自由になるっていうの?

 

なんか、段々、自分を覆っていた壁が崩れて来て、視界が開け

「あら、外はこんなに広くて、青空なんだ!?」ってことに

気付くような年齢が50過ぎのような気がするのよ。

 

「あれもありだし、これもありだよね?

昔みたいに、ああでなくちゃとか、こうあるべきが

段々と「どうでもよい」「些細なこと」に思えてくる。

 

アタシも色々あるからさ、あの人も色々あるよね~。

それだけ生きちゃってるからね、仕方ない。

 

背負うものはいろいろあって、みんな、違うけど

それはそれで、背負っているからこその楽しみもまた出るよね。

 

こういうのも、悪くないかも!?」

 

ってな、感触を掴むような気がするんだよね。

 

発想が自由になる。

 

しかも、その発想は自分オリジナルだから、誰にも

中傷されるものでもなく、全部、自分の自由だねって感じ。

 

ってなことを実感しだし、会う人、会う人に

50過ぎからはホント、楽しい!」って言って歩いてるわけだけど

 

キョンキョン、ダメじゃ~ん。

すっごく好きだったのに、ダメじゃ~ん。

 

誰にも邪魔されない自由な発想ってのは、誰かを傷付けることでは

ないはずなんだよ。

 

これだけは言えるけどさ

「誰かの涙の上に立っている幸せはもろい」んだよね。

 

幸せは、周りの親しい人たちが祝福してくれるものでないと

ちょっとの亀裂で割れちゃうんだよな。

 

50代は自由だけど、開き直ることではないと思うんだよ。

 

「自分はこういう信念です。後はお好きに批判してください」

 

っていうのはさ「後は野となれ、山となれ」思考で

 

全然、周囲を気遣っていないと思う。

 

以前さ、知っている人に同じようなことがあって

 

その当事者たちは「前世からのソウルメイトだから、切っても

切れない。これは運命!」って断言してくれたんだけど

 

ソウルメイトとか同志って言葉は「行き詰っている恋愛

関係解消」への切り札じゃねっつーの。

 

特に健康寿命的には20年を切っている人間はやっぱり、

より自由になるためには調和していく智慧も必要だと思う次第。

 

まあ、アタシは芸能情報の表の部分しか知らないから

当たらない批判なのかもしれないけど

 

もし、キョンキョンが私の娘とか仲の良い友人だったら

「違うべ!!それは違う!!」って言っちゃうだろうな。

 

おめでたい事なら、尚更、みんなが素直に

「おめでとう!!」って祝福してくれるような

お天道様の下を一点の曇りもない気持ちで歩いて欲しいもん。

 

キョンキョンはとっても好きな女性だったから、

ちょっと残念なんだなぁ。

 

同志なら、絆は絶対ってことで、身軽になったら

付き合おうって突き放してほしかったぞ。

 

「潔い」のとは全く違うように思える。

 

最近「言ったもん勝ち」の風潮は確かにあるし

自分の思いは伝えた方が良いとは思うけど

 

「言ったもん勝ち」の人は、もし、その願いが叶ったなら

叶えてくれた周囲の人への気遣いとか、心配りとか

感謝はマストだと思う。

 

それもこれも含めての調和がきく年齢が50過ぎだと

思っていたから、今回は結構、ショックだった。

 

 

 

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