2017年10月4日水曜日

何故、お爺さんは意地悪になるのか?(定年を考える)


 最近、街に出かける度に、不機嫌なお爺さんを目撃する。

 

昨日は駅前ローターリーでそういうお爺さんを見た。

 


 

縦列駐車で一般車が停まっている(運転手はいる)のであるが

台数が4台分しかないので、前の一台が去るたびに間隔を

空けないように、前進して、後続車がスムースに停まれる

ように移動するシステムがほぼ阿吽の呼吸でできている。

 

その日も1台目から4台目までが埋まる形だったが

2台目が出たために3台目の運転手が2台目の位置に

前進しようとしたところ、1台目にいたお爺さん車が

何故かバックしてきて、1台目と2台目の丁度、

中間地点で停まったのだ。

 

つまり、1台で2台分のスペースを取ったため

5台目の人の行き場がなくなったという次第。

 

想像するに、確信犯で、今出来る上限の意地悪を

したんだろうなと思っている。

 

本当に些細なことなんだが、エレベーターでも

改札機でも、レジでも、小さな意地悪を目撃する

ことが最近、増えたなぁって思っている。

 

要は何かでストレスフルなんだと考える。

 

一番、笑ってしまったのは開館直後の図書館での

光景だ。

 

大きな図書館では開館前からお爺さんの行列が

出来るのであるが、どうも観察するに

閲覧席に定位置があるようなのだ。

 

そこで、怒声が聞こえだした。

 

「日本経済新聞」の一番読みの権利を巡っての喧嘩

だと理解したが

 

その怒鳴り声の中に、しばしば自慢が入るのだ。

 

「俺は○○(商社名)の部長だったんだぞ!貴様ごときが…」

 

「それがどうした?俺こそ、○○(メーカー名)だ!」

 

みたいな感じで、過去の栄光と思われるものが次々と

飛び交う。

 

私の隣にいた友人が呆れながら、こう囁いた。

 

「つまりさ、今はなーーんもやることがないってか!?」

 

こうなると、もう憐れ以外の何物でもないんだが

なんだか、こういう人が増えたような気がする。

 

ある学校の校長先生に「子どものキャリア教育と

働き方」というお題で取材させて頂いたことがある。

 

その先生が雑談の中でこんなことをおっしゃっていた。

 

「りんこさん、仕事ってね、結局、誰かを笑顔に

するためにあるんじゃないですかね~?

 

僕がね、よく利用する駐車場に誘導員の人がいてね

みんな、年配の人なんだよね。

多分、全員、定年後の再就職先ってことだと思う。

 

でね、その中にすっごく感じのいいオジサンが

いて、いつも僕を見るたびに、すごく元気よく

挨拶してくれるんだよ。

『おはようございます!今日はいいお天気ですね。

元気で行ってらっしゃい!』とかね…。

 

僕はね、段々、そのオジサンに会うのが楽しみに

なってきて、そのオジサンじゃない人だと

なんだか、一日がラッキーじゃないような気さえ

してくるんだよ。

 

だって、すっごい元気をもらえるんだもん。

 

そこの業務では特にしゃべらなくても、全然OK

なわけだから、他の人が怠けているとかでは

ないんだよ。でもね、僕はね、そのオジサンに

美学すら感じるんだよね。

 

『今できる最大限のことをやろう』っていう

思いかな。

 

キャリア教育って、ウチでも色々やってるけれど

結局ね、仕事を通して、巡り巡って誰かを笑顔に

出来るならその仕事は何だろうと尊いと思う。

 

この歳だけど、僕もそのオジサンから

とても大切なことを学ばせてもらっているんだよね。

 

定年後もこういう生き方ができたら、人生としては

幸せだろうなって僕は思っている」

 

定年後、現役世代とはまた別の人生が始まる時

人はどういうモチベーションでいれば

人生が生き生きするんだろう。

 

結局、「誰かのためは自分のため」ってことで

生涯現役で働くってことが一番なんじゃないかな

なんてことを思っている。

 


2 件のコメント:

  1. りんこさん、こんにちは。
    私も同じような場面に遭遇したことがあります。
    デイサービスセンターにボランティアに行っていた時、
    「俺はもと○○省だったんだ!!だから何でも知っている!」とか大声で自慢?されているお年寄り。。
    施設の方は「あ〜、○○さんそうだったわよね、すごいですね〜」なんて適当に相槌を打たれていましたが、いくつになってもそのような意識が抜けない人もいるんだ、とちょっと残念な気持ちとなりました。
    肩書を捨た時、その人の本当の価値がわかるように思います。

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    1. 日本のおっさんは世界一「孤独」らしいですね~。
      仕事=自分になると、その仕事がなくなると同時に
      自分を見失うんですかね~。

      適当にあしらわれるのは、あしらう方も、あしらわれる方も
      なんだかなぁって思いますものね~。

      我が身を律しなければならない年齢になってきたので
      他人事ではないです。

      コメント、ありがとうございました!

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