2017年10月1日日曜日

女も敬遠「にゃらにゃら女」のさげまん度


 すごいタイトルが付いておりますが(笑)、今月の鳥居りんこ

プレジデント連載コラムは

 

「女も敬遠「にゃらにゃら女」のさげまん度・

女も推す「一生あげまん」の条件5」

 


 

でございます。
 
 
 

 

今現在(10月1日22時)だけですが、アクセスランキング1

皆さまのおかげです。ありがとうございます<m(__)m>
 
 

 

まあ、タイトル的にはプレジデントらしいと言えば、らしい(笑)

 

夫婦になったら、あるいは入籍せずともカップルになったら

男女(LGBTの方、配慮がなくてごめんなさい)が「つがい」である

と捉えられるシーンが続出して、生活が進んでいくのですが

 

長い年月の中で経年劣化が著しいカップルと、いい感じで年を重ねて

いるカップルにそれは見事に分かれるように感じておるのです。

 

「鶏と卵」理論と同じで、男性が悪いからだとか、いやいや女性の方が

ということも決められない問題であることは重々、承知ですが

 

仮に100対0という過失割合であって、女性に問題があるとするならば

その見分け方を伝授してくれという

 

プレジデント編集部の「妻が怖いオジサマ」たちのリクエストを

受けて、綴った作品でございます。

 

ですから、当然、当コラムは極論に走っております。

 

それを踏まえて、更に付け加えるならば、私は常々、こう思っているのです。

 

男性が50歳を超える時がひとつのターニングポイントになっているって。

 

この年齢で、すっごくショボくなる人と、内面から輝いている人に

分かれていくように私には映るんですよね。

 

仕事が出来るとか、年収が高いとか、そういうこと以上に

一言でまとめてしまうと「人生を楽しんでいる」かどうかの問題

のように思います。

 

それには必須項目として「妻が好き」っていうことが

挙がって来るように感じる次第です。

 

この世の中で自分が大事にしている物・人・出来事の優先順位の

かなり上位に「妻」が来る。

 

要は大事なものはすべて「大切に扱っている」っていうことなのだと

思うわけですが

 

逆に言えば「大切に扱われる妻」をウォッチングしていると

 

ルックスやら外見ということも大事は大事なのでしょうが

それよりも重要な点が「リスペクト」にあると私は結論付けています。

 

妻が外で働いている・いない、稼ぎがいい・悪いということを越えて

 

夫から人間として「尊敬されている」という点がとても大きい

気がしているのです。

 

もちろん、パーフェクトな人はいないので、100の人間性が

あったとしたら、その中の何点かをとても重要視して、好感を持って

受け止められているように思います。

 

では「大切に扱われる妻・彼女」という人はどういう人かと

いうことをプレジデントのコラムで綴らせて頂いた次第です。

 

うまくいかなくなっている家庭には必ずといっていいほど

この「リスペクト」がお互いにない。

 

もしかしたら、愛は「尊重」の延長線上にあるのかもしれないですね。

 

私がこのコラムで個人的に気に入っている言葉は「自ゲロ自始末」

という言葉でして

 

ある大学体育会で伝統的に使われている言葉だそうですが

(意味はそのままでして「合宿所の己の深酒吐しゃ物は翌朝、己で始末

せよ!」との名言)

 

これが出来る人は男女関係なく、やはり、覚悟を持った人生というのか

ケツのまくり方が違うように思うんですよね。

 

精神的に自立した者同士が「自ゲロ自始末」をしながら

時々、二日酔いが激しい朝に気が付いたら「吐しゃ物」が綺麗に

掃除されていて、とても助かったので、素直に

「ありがとう」と言える関係で、男女の役割などの概念はなしにして、

相手が困っている瞬間に手を差し伸べるカップルがやっぱり

 

すごく素敵な年の重ね方をしているなぁと私は何十組かの

そういうカップルを思い起こして、仮説を組み立てている次第です。

 

 

 

 

 

 

 

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