2016年9月1日木曜日

壊れ行く母


 朝日新聞デジタルの「介護とわたしたち」に

「鳥居りんこのロングインタビュー 第1回」がアップされました。
 


 ↓ 朝日新聞 「介護とわたしたち」


 

編集者との間で「介護本」と呼んでいる「親の介護は知らなきゃ

バカ見ることだらけ」(ダイヤモンド社)の中の話が中心で

 

親の介護が始まってから、自宅介護を諦め、施設にお願いするまでの

経緯を語ったインタビュー(インタビュアは朝日記者さん@親の介護中)と

なっております。ご興味のある方、覗いてやってください。

 

よく人から「施設に親を追いやったんだから、楽じゃん!?」とは

言われるんですが、それは未経験者の発言でそこまで楽ではないです。

 

施設側からはキーパーソンは「保護者」と呼ばれますが

「保護者」というものは、子育てもそうですが、何かと

プレッシャーがかかるものなのであります。

 

「施設に追いやったら、後は楽チン」にならないのは

親の病状が死に向かって、薄皮をめくるがごとく、少しずつ少しずつ

悪化していくのがわかっていながら、止められないことにも

大いに起因します。

 

直近で、こんなことがありました。

 

母の部屋に置いておいた現金がなくなったのです。

 

現金を置いておく方が悪い。

そのとおりです。

 

何故、置いたのか。

 

めんどくさかったからです。

 

母のところに、私のきょうだいが時々、現れることがあります。

 

そのときに母は「おもてなし」をしようと考え、私に現金を持って

来るように命じるわけです。

 

私は一旦、通帳を持って、銀行に出向き、更に老人ホームに行き

きょうだいをおもてなしするための現金を母に手渡し

 

更には、きょうだいと母を近隣のレストランなりに

お連れ申し上げなければならないシステムだったんです。

 

きょうだいが来るだけで、私は更に疲れて行く。

何故、きょうだいをおもてなししなければならないのか?という

疑問は膨らむ一方です。

 

これに、母の知人が来るなんてことが加わると

問答無用の「おもてなし命令」が出ます。

他人様がいらしているのに「やらないよ!」って選択肢は

残っていないので、仕方なくお付き合いするわけですが

 

もう「きょうだい」は止めてくれ!と怒り心頭だったんです。

 

まあ、そんなに来るわけではないのですが、来ないから逆に

一度、私はブチ切れて、きょうだいに「刺激を与えるために

少しは来て、老婆を連れ出せ!」と命令したことがあったんです。

 

それで、姉が援軍で来ることになりました。

 

そのときに姉との取り決めで、現金を持って行くのは

めんどうなので、あらかじめいくらかを置いておくという

ことにしました。

 

姉はその中から、母が求めたブラウスだの、化粧品だのを

購入したようでした。

 
子どもたちはその費用を自分が出すことは可能ではあるのですが

未だに「采配を振るう女王様」という地位を明け渡したくない母は

頑なに自身のお金にこだわります。

 

そんなわけで、2万8千円が残りました。

 

1週間ほど経って、お盆も近づくので、もしかして急に誰かが来た場合、

残金がなくなっていると困るので補てんするかという気持ちで

お財布を覗きました。

 

すると、お財布の中には千円札が8枚しかなかったのです。

 

2万円がなくなっている・・・。

 

「年寄りだとと思って、枚数があればわかんないと思ったな!?」と

私はムカつきました。

「どーせ取るなら、全額いけよ!!卑劣なヤツめ!」

 

いろいろ考えた挙句、やはり施設に相談しました。

 

結論を言えば、犯人は母だったのです。

 

警察を呼ぶ前に、家探しをしようということになり

荷物をひとつずつチェックしていきます。

 

そのときに、普段は使っていない未使用新品のバッグの中から

裸の2万円が出てきました。

 

何が起こったのかは想像でしかありません。

 

善意に取れば、お盆あたりに出かけたいなぁと思った母が

ショッピングに出るためのバッグを選び、お財布を移そうと思ったものの

バッグが小さすぎたので、財布を諦め、2万円だけを裸で入れた。

 

善意でなければ、私が絶対に見ないであろうバッグに隠した。

 

そういうことになります。

 

その中から、別にデパート商品券が出てきました。

これには記憶があったみたいで、施設長に

「そうよ、デパートに行くことがあるかと思って、家から

持って来たの」と言ったそうです。

 

この辺はデパートもない僻地なんですが

いつか自分で使おうって思ったんですかね〜。

 

「ご自宅の鍵かと思われる鍵の集団も出てきました」と聞きました。

 

自分の家に帰ろうと思っていたんですかね。

鍵を隠し持っていることは知らなかったです。

 

状況証拠から施設側も私も母が2万円を移し、忘れてしまったと

結論づけましたが、ご本人さまは未だに

「不届き者がいて、自分の犯行がバレそうになったため

部屋に現金を戻した」説を強硬に推しております。

 

「お母さまは認知が相当、進んでいますね。

私たちも、個別には気付いていながら、情報交換を全員にすると

いうことを怠っていました。今回のことは逆にわかってよかったです」

 

とは施設側です。

 

ボケと正気の間を漂う母はその狭間で一瞬、固まることがあります。

 

会話の途中で「え?まさか、私、今、ボケちゃった?」ってときに

恐怖で引きつる顔をして、すぐさま、それを隠そうと正常である

アピールをすることが頻繁に起こって来ました。

 

母自身が恐怖の中にいるんだということが見えます。

 

ただただ、悲しい、

私は段々と人間のていをなさなくなってきた実の親を

見ていなければならないわけで

 

出来れば、母はどこか遠くで、今までどおり元気でいて

ある日、突然、訃報が入り、親不孝を泣く構図が良かったなぁって

思ったりしています。

 

先ほども母が電話して来ました。

「あなた、どこに行って来たの?このプレゼント用に見える包みは

私へのお土産?」

 

それは、ほんの数時間前「これは赤ちゃんが生まれた職員さんと

結婚なさった職員さんへのプレゼントだけど

(その方が今日はいないし、誰だかわからないと困るから)

次回、私と一緒にお渡ししましょうね」と言って

「ここに置いておくからね」と言ってきかせた袋の中身でした。

 

壊れ行く人を私はどうやって看て行けばいいのでしょうか。

母も恐怖ならば、私も恐怖しかありません。

 

 

 

 

6 件のコメント:

  1. たぶん、今が一番怖い時だと思います。わたしの6年前を思い出します。私の場合は父親が認知症ですが・・・父が壊れていくさまを母から毎日の電話で聞くたびにもう翌朝目を覚まさないでほしい、あるいは自分が目を覚ましたくないなどと思うこともありました。ただ、父は幸い病識があり、記憶できない自分を受け入れるようになってくれたのでここ2年ほどは穏やかです。今年の初めから老健→グループホームで暮らしています。社会性もなにも溶けて行っていますが、まだ母と私と私の息子のことはわかるので、今は恐怖から穏やかな日々が続くことを祈るようになりました。たまにできる普通の会話を頼りに施設に通っています。

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    1. キムコちゃんもお辛い中におられるんですね(涙)

      私はホームの完全認知のお婆さんのお子さんから
      「親と話せるなんて、なんて羨ましい!」って言われるんですが

      このまま穏やかに、なるべく時を稼がぬよう最期になってほしい
      気持ちと、何やってるかな、このお婆さん?って気持ちと
      見捨てられない気持ちとで、もうグチャグチャです。

      介護、きついですが、今日、ケアマネに
      「きついって思えるのは本当にいろいろやってあげているから
      きついって思うんですよ。頭下がります」って言われたんですが
      こころは晴れません。

      あと何日でお別れってわかれば、最大限やれるんですけどね。
      もう疲れました。


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  2. 私は、決して孝行娘ではないですが、、、
    それでも、親を見捨てるというか見放すことって
    そうそう出来ませんでした。

    怪我の回復のためのリハビリ介護はまだいいです
    (義母はこのケースでした。)
    でも、大抵の介護のゴールは 死 なので、
    気持ちをさらに重いものにする気がします。

    10年に及んだ護生活
    放り出したい
    でも、その勇気もない

    私がやらずに誰がやる?の長女気質が
    自分の首を絞めたような気が…

    もう最後の方は、
    ここまでやったんだから後悔したくない…
    という、意地の頑張りだった気がします。

    介護が一区切りつき、
    はっと気づいたら、息子の浪人が決定していた😱

    悩みはつきません。



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  4. 「自宅介護してるわけじゃないから楽じゃん?」と遠くにいる兄弟にいわれた。近くにいないってことはこんなにも他人事なんだなぁと悲しくなる。認知症が進み、おとなしく扱いやすい老人になってしまった母、会いに来ているのが誰かも何にもわかってないけど、行っても何ができるわけではないけど、行ってしまう。この人がいなかったら自分が存在してないんだよなっていう思いかな?「基本的な感謝」みたいな?
    それに私が行かなきゃ誰も行かない。単純にそれは「かわいそう」だと思うから。
    「なんで私一人でかぶってるんだろ?」という押しつけられた感はぬぐい去れないので、残った遺産は全ていただきたい。それに文句があるなら会いに来いといいたい。下の世話してるわけじゃないけど、わけのわからない老人の責任者になっている重圧や、面会後の何とも言えない気持ちが判ると思うよ、実際来てみたら。
    介護してくださる職員さんには感謝の気持ちしかない。

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  5. りんこさん、お疲れ様です。
    どんぐりです。
    キーパーソンは、我慢せずにもっともっとつらい、疲れた!と声をあげていいとおもいます。介護者のメンタルに余裕がないと、何事も上手く回らないような気がします。今やれるだけのことをやったら、後は流れにまかせる、、、。
    何を言ってもトンチンカン、言い聞かせること自体が無駄な行為、、、本人にしてみればその時その時は一生懸命に言っていること、それが本人の日常だと思って、相手の世界に一緒に漂う感覚でないと、やってられません。
    我が家も、義父を見送って1年後に義母が心筋梗塞で入院したのを皮切りに、これまで16年、大きな入退院5回を繰り返し要支援から始まり現在要介護4。
    プチ同居、本格的同居、サ高住を経て今年はじめに脳梗塞から寝たきりとなり医療養型病院から介護療養型病院へ長距離搬送を終えました。これで4年2ヶ月の遠距離介護(疲れました、、、)が解消となり、やれやれ、少しは落ち着くかとおもいきや、な、なんと、急きょ特養入所が決定しました。最後のお引越しと思って、夏バテの身体に鞭打ちながら、持ち物の準備をしています。
    何本何十本のわらをつかみまくったことか、、、人のご縁にも感謝しかありません。
    りんこさんも、どうかメンタル大事になさってくださいね。私の母は、その昔老老介護中、旅行で精神バランスをなんとか保てたようです。それでも当時はよく悲惨な愚痴の電話がかかってきましたが、、(私長女なので聞き役です。)

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